フロイトによる神経症の病理
概念と分類
神経症という言葉は、18世紀末にはじめてカレンによって、神経系の非器質性の諸疾患を包括するものとして使用された。このような「器質性の原因の見当らない疾患」を神経症とするという除外診断に基礎をおく概念は、フロイトの精神分析学の出現によって、大きな転回点を迎える。
神経症と診断する上でのより積極的な手がかりを求めてゆこうとする動き
- 遺伝的素質的基盤(ルクセンブルガー、クラウリスら)、
- 病前のパーソナリティ(ユング、シュナイダーら)、
- 体質と発達過程(クレッチマー)、
- 状況的因子(シュルテ)、
- 葛藤的な対人関係(フロム、サリヴァンら)
等々、たくさんの学派が生れた。
1968年、ハイデルベルク大学のブロイティガムは、このような各学派の動向を統括し、神経症を定義づける条件として、次の4点をあげた。
- 内的葛藤状況と関係し、その本質的な部分は無意識的であること
- 構えが自己不確実で抑制され、不機嫌や不安になりやすく、他者に対してアンビバレントであること
- 一定の幼児的コンプレックスヘの固着と発達障害が認められること
- 不安や恐怖や強迫観念などの、一定の症候をそなえていること
神経症のこのような定義は、心因の存在によって神経症を積極的に定義づけようとしたフロイトの理論を、ほとんどそのままに継承している。その意味では、神経症の現代的な概念の基礎は、フロイトによって築かれたと言える。
フロイトによる神経症の分類
- 現実神経症
現実の性生活に障害があるもので、性衝動の過度や過度の消粍に基づく神経衰弱と、性衝動の過度の蓄積による不安神経症に分かれる。
- 精神神経症
幼児期の性的外傷体験に病因があり、それが後年になって病的な作用を発揮して、転移神経症(ヒステリー、強迫神経症、恐怖症)と自己愛神経症(躁うつ病、パラノイア、統合失調症)に分けられる。
神経症の病因
フロイトの考えは、幼児期の性的外傷体験を重視した初期の理論から、自我とエスとの葛藤と退行理論を中心にした力動的病因説へと進み、それがやがて自我の防衛機制と病状形成のメカニズムをめぐる考察によって深められる、というほぼ三段階の発展をとげている。
1)性的病因説:神経症患者の治療中に、患者の連想する多数の記憶が、過去の性的体験に関連していることから、神経症で抑圧されている感情は性的なものに他ならないと考えた。
- ヒステリーは現在の体験だけから生ずるのではなく、つねに以前の体験に対する回想が共に作用して症状を生む原因となること
- 連想的回想は最後には必ず性的体験の領域にたどりつき、ヒステリーの病因的条件はここにあること
- 回想の連鎖は、幼児期にまでさかのぼり、幼児にも性的興奮が備わっていて、後の性的発達は幼児期体験によって決定的な影響を受けること
- この幼児期体験は忘れ去られており、意識化に対して強い抵抗を示すこと
2)カ動的病因説:フロイトは自己分析の過程で、幼い頃に母の裸身をみて母に抱いた性的願望や、父に対する嫉妬心と競争心などを想起する。このような母への愛着と父への敵意、並びに父による処罰の恐怖は、エディプス・コンプレックスと名付けられ、無意識心理に関する精神分析の基本概念の一つとなる。
フロイトは生まれついた性的体質と幼児期体験の二つからなる神経症の素因に言及するとともに、人間に生得的な本能エネルギーを意味するリピドーの語を用いて、エネルギー論的な立場から神経症の病因を説明しようと試みた。
リピドーが、外界の対象によって現実に満されるか、あるいは昇華によって別の目的を達成するのに用いられる時は、精神は健康を保つことができるが、神経症的素因が強く形成されている場合には、このようなうっ積したリピドーの充足や昇華がうまくいかず、リピドーは内向し、空想生活の中で昔の願望形成を再現しようとして退行してゆく。その結果、退行的な目標追求と、現実性を保とうとする人格部分との間で葛藤が生じ、この葛藤を解決する過程で代理満足としての症状形成が行われて神経症が発病する、というのである。
リビドーのうっ積を作り出す病因的状況として
- 外界の現実によって欲求満足を妨げられる欲求阻止
- リピドーの固着があるために新たな現実の要求を満そうとしても満しえず、変るまいとする傾向と現実の要求に応じて変化しようとする傾向の間に生じてくる内的な葛藤
- 発育制止があるために、年齢とともに変る現実の要求に適応できない場合
- 思春期や閉経期に見られるようなリピドー量の増大、などを指摘した。
3)自我の防衛機制と症状形成:1923年、フロイトは「自我とエス」を発表して、自我、エス、超自我というパーソナリティの構造と、それらの間の力動的葛藤を明らかにし、自我の分析を中心において人格を考察しようとする自我心理学の基礎を築いた。
神経症の症状形成のメカニズムを不安に対する自我の防衛の結果であるとする理論を展開した。そして、自我の防衛機制を生み出す動因としての不安、超自我と不安の関係、防衛の主体である自我の働き、各種の神経症に特徴的な防衛機制、などを明らかにし、力動的な神経症論の基礎を確立したのである。