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北総メンタルクリニック 院長の情報発信

現存在分析の基礎づけ

ビンスワンガーの現存在分析の基礎づけ

 

  • ビンスワンガーの思想的展開の背景には、ハイデガーの『存在と時間』が大きな影響を与えた。1930年前後からは「第二の転回」をへて、現存在分析論に立ちながら人間存在へと接近していく。こうした努力から生み落とされた「夢と実存」は全著作の中でも一つの高峰をなす。
  • 1927年にルツェルンで夢についての数回の連続講演を行い、古代ギリシアから中世をへて近代、ことにノヴァーリスを頂点とするドイツ・ロマン派へと流れる夢のとらえ方の変遷を述べている。
  • 夢の世界と覚醒の世界、夜の世界と昼の世界の交代現象を考え、この2つの時期をつらぬくリズムを通じて人間存在の本質を検討し、人間存在に独自の意味方向である「上昇と落下」の人間学的特徴を描き出したのが「夢と実存」である。
  • その内容を一言で表現すれば、「人間は夢みるとき『生命機能』で『ある』が、覚醒するとき、彼は『生活史』をつくる。それは自己に固有な生命の歴史、『内的生活史』である」という命題に尽くされる。
  • 生命機能と内的生活史の対比を夢と覚醒の対比にもたらした意味は、主観と客観、単独者と一般者、ヘラクレイトスのいうイデオス・コスモスとコイノス・コスモスといった対比のうちにそのアナロジーを見いだしている。それら対比的主題がより動的にとらえられ、しかも夢みる主体から夢みる存在ヘという推移をとおしてその共通の基礎がいっそう明瞭になる。
  • ビンスワンガーによれば、「稲妻にうたれる」とか「天から落下する」とか「天高く飛翔する」とかいう表現が古今の詩や文学や神話の中でしばしば出てくるが、これらは単に詩的比喩として思いつかれているのではなく、人間の実存のもっとも深い根底から湧きあがってくるものである。
  • いままで生を支えていた環境的・共同的世界との調和が突然一撃を受け、ゆらぐ瞬間に、人間の実存は侵害され、世界の中での堅固な支えをうばわれ、実存自身に投げ返される。人間の実存全体は、ふたたび世界の中に新たな支えを見いだすまでは、落下の意味方向をとる。いいかえれば、上昇と落下は深く人間存在の存在論的構造にそなわる独自の本質特徴なのである。
  • 飛翔や落下はしばしば夢の中にもあらわれる。従来、こうした夢は身体的刺激や性愛的願望から解釈されたが、重要なのは、それらにとって先験的な構造を発見することであり、そのためには、フロイト流に夢の内容がふくむ象徴的意味をさぐるのでなく、むしろ夢の中に顕現している心像に着目し、同時に夢みる者の生活史と分け行って、両者の基底によこたわる現存在の構造をとりださねばならない。
  • 夢が人間存在全体のある特定の様態にほかならないこと、夢の心像の意味が覚醒者の共通の世界へと開かれていることが前提であり、上昇しあるいは落下する夢の心像にあらわれた現存在の主体の現象学的叙述をとおしてその存在論的構造がいかに覚醒時の現存在に顕われ出るかをとらえようとする。
  • 夢みる者と覚醒者たちを区別する要因はどこにあるか。ビンスワンガーは、覚醒者たちはただ一つの、共通の世界をもっているのに反して、眠っている者は一人ひとりが自分だけに固有の世界に向かっている。固有の私的思考は、睡眠時であろうと、覚醒時であろうと、あくまで単独者の夢想にすぎない。本来の覚醒状態とは、そういう私的思考から目ざめて、普遍的な法則にしたがった共通者の生活である。
  • 単独者の世界から共通者の世界への覚醒は精神療法過程でもみられるが、この覚醒は底知れぬ瞬間にやってくる。しかも、この瞬間には、単に、どんなことが自分に起こったのかを知ろうと決意するだけでなく、起こった出来事の動きのなかに「自分自身」を関与させることを決意し、上昇しあるいは落下する生命の中に連続性と一貫性を導入することを決断する。
  • このときはじめて何ものかをつくるが、つくるものは生命ではなく、歴史である。こうして「人間は夢みるとき『生命機能』であるが、覚醒するとき、彼は『内的生活史』をつくる」という最初の命題に立ちかえる。機能としての生は、歴史としての生とはまったく別ではあるが、両者は一つの共通の基礎をもっている。´
  • 実存の物語る意味ふかい内容は夢の心像に仮託されているのであって、つまり夢の心像のになう意味方向をたどっていくことによって――それ自体すでにいわば現象学的もしくは人間学的精神療法の始まりでもあるが――われわれはあらためて、挫折した生活史をふたたび一貫的につくりだす機縁へとみちびかれる。
  • こうした理念のもとで「上昇と落下」の現象学が具体的に躁病者の存在様式に適用されたのが「観念奔逸」であって、ビンスワンガーは、観念奔逸者の世界を一つのまとまった意味あるものとして理解しようとこころみる。こういう1930年代の努力をつうじて、現存在分析とよばれる研究方向がしだいに確立されていくのである。

 

宮本忠雄:現代精神病理学のエッセンス-フロイト以後の代表的精神病理学者の人と業績-参照)