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ヤスパースの精神医学の経歴

カール・ヤスパース(Karl Theodor Jaspers, 1883 - 1969)

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(EcuRedより) 

  • 精神医学と取り組んでゆこうとするものにとって、ヤスパースの『精神病理学総論』は、まず目を通さなくてはならない書物の一つに数えられるが、精神医学の領域におけるこのように卓越した業績も、一般にはその実存哲学者としての偉大さのかげに、ややもすればかすみがちである。
  • 1915年には精神医学教室を去り、以後関心の主題は哲学へと移っていった彼の学問の変歴をみれば、これは当然のことであろう。しかしニッスルをして、「すばらしい、クレペリンをはるかに凌駕している」とまで讃嘆せしめた『精神病理学総論』に集約される彼の精神医学における業績は、その厳密な科学性、新しい方法論の導入、方法論批判の徹底性などによって、いまなお光彩を放っている。 

精神医学の経歴 

  • 彼は1883年、西ドイツにある北海に近い町オルデンブルクで生まれた。幼少の頃より気管支拡張症と二次性心不全をわずらっていた。1908年医師国家試験合格後1915年まで、クレベリンの後任ニッスルの主宰するハイデルベルク大学精神医学教室に籍を置いた。直接の師はヴィルマンスであったが、グルーン、マイアー・グロスらも活躍しており、この教室の自由な学問的情熱と精神病者に対する治療的姿勢は、彼に強い感銘を与えたようである。
  • 1911年『精神病理学総論』を執筆しはじめた。ニッスルの推薦を得て、1913年ヴィンデルバントのもとにおいて心理学で教授資格を取得する。その後ミュンヘンの教室に移るニッスルの後任にという話があって、もう一度精神医学に戻る機会もあったが、健康上の理由からこれは実現されなかった。
  • 1914年心理学の講義をはじめるとともに専門誌上に精神科関係の論文の紹介、批評を発表し続け、1921年ハイデルベルク大学哲学科主任教授に任ぜられる。
  • 1922年には病蹟学上の名著『ストリンドベルクとファン・ゴッホ』を公にし、その翌年には『精神病理学総論』第3版をだしている。しかしこの年を境として彼は、はっきりと精神医学から訣別していったようであって、以降この領域での仕事は、『精神病理学総論』の第4改訂版は別として、わずかばかりの小論と哲学の著作中に散見される論述だけとなっている。

 

(宇野昌人:現代精神病理学のエッセンス-フロイト以後の代表的精神病理学者の人と業績-参照)