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ヤスパースの精神病理学総論

精神病理学総論』の構成と意義

  • 「4年しか精神科の経験のない30歳そこそこの無給助手が一挙に精神医学の知識の全体を包括的にとらえた」著書『精神病理学総論』は1913年(全338頁)上梓され、その後1920年に第2版(全416頁)、1923年に第3版(全458頁)が出版された。そして1946年、加筆改訂され第4版(全748頁)が発表されている。
  • ここでは全体の構成の展望を得るため、その項目だけを拾ってみる。

初版では緒言に続く各章は次の通りである。

第1章 病的精神生活の主観的現象(現象学
第2章 精神生活の客観的症状と作業(客観的精神病理学
第3章 精神生活の関連、その1 了解関連
第4章 精神生活の関連、その2 因果関連
第5章 精神生活の全体、知能と人格
第6章 病像の組立て
第7章 異常精神生活の社会学的関係

 

第4版以後を列挙する。

第1部 精神生活の個々の事実
 第1章 病的精神生活の主観的現象(現象学
 第2章 精神生活の客観的作業(作業心理学)
 第3章 身体的随伴現象及び続発現象としての精神生活の諸症状(身体心理学)
 第4章 意味ある客観的事実

第2部 精神生活の了解関連(了解心理学)
 第1章 了解関連
 第2章 特殊機構のある場合の了解関連
 第3章 病に対する患者の態度
 第4章 了解関連の全体(性格学)

第3部 精神生活の因果関連(説明心理学)
 第1章 環界と身体が精神生活に及ぼす作用
 第2章 遺伝
 第3章 種々の理論の意味と価値について

第4部 精神生活全体の把握
 第1章 病像の組立て(疾病学)
 第2章 種属としての人間の性質形成(形相学)
 第3章 人生の経歴(伝記法)

第5部 社会と歴史における異常な心(精神病者と精神病質者の社会学と歴史)
第6部 人間存在の全体 

  • この両者を比較すればおおよそ見当がつくように、初版以来基本的な構成は変っていない。第4版からの厚みの増加は、主として従来の版の各章に、その間における新知見が加えられ内容が豊富になったことによる。
  • たとえば、クルト・シュナイダーの異常人格に関する記載(第2部「精神生活の了解関連」の性格学に関する部分)、ゲープザッテル、シュトラウスらいわゆる人間学派に対する批判(第2部「精神生活の因果関連」の第3章)、クレッチマーおよびコンラート、カール・シュナイダーの精神分裂病論などの紹介と批判(第4部「精神生活全体の把握」中、「症状群」の項と「体質」の項)などを拾うことができる。
  • 遺伝に関する記載(第2部第2章)なども、遺伝研究がこの間の精神医学領域における中心課題の一つであったことを反映して、かなり厚味を増してきている。その他、実存哲学者として思索を深めてきた著者の思想が、当然のことながら随所に明確な形で表現されてきており、とくにそれは、この版から加筆された第6部「人間存在の全体」において集約されている。
  • そこには彼の哲学の基本概念である「包括者」や「交通」ついても手短に語られている。とくに交通については、「医師対患者の関係の究極的なものは実存的交通」と、精神療法という具体的場面において語られている。
  • フロイト精神分析に対する批判は、ヤスパースの行った数多くの批判のうちもっともはげしいものであるが、学説に対してというよりはむしろフロイトの精神療法家としての態度に向けられ、「自分の学説を信仰運動に、自分の学派を一種の宗派に化せしめ」たと、ほとんど弾劾せんばかりの強い調子で貫かれている。
  • ヤスパースが本書の執筆にとりかかった今世紀初頭のドイツ精神医学の情勢をみると、グリージンガーが「精神疾患は脳疾患である」と唱えて半世紀を経てはいたが、依然として強く身体主義に傾いており、精神病理学はまだ独自の方法論をもつとはいえず、またクレベリンによって疾病単位としての早発痴呆と躁うつ病の概念がうちだされたところではあったが、なお学界はさまざまの学派がそれぞれ独自の術語や概念を使うことによって大きな混乱の中にあった。
  • こうした時代の状況を受けて「事実を整理し、できるだけ方法意識をうながす」ために書かれたのが『精神病理学総論』であって、本書は、「一般精神病理学全領域と、この学問の諸事実や諸見地の見通しをつけ、・・・・独断的に主張された成果を述べないで、主として問題となるもの、問題の出し方、方法に導くことを望み、ある理論を基とする1つの体系ではなく、方法論的な自覚の上に分類編成を行うことを目的とする」ということになる。
  • つまり、本書は、一つの学問体系を構成するものではなく、包括的な知見を現象学、了解心理学あるいは説明心理学などさきの項目に示した方法論によって分類整理しつつ、これに鋭く周到な批判の目を向けたものである。これによって、精神病理学という学問の全貌を知ることができるとともに、さまざまの理論、見解、知見に対する徹底した検討を通してきびしい学問的批判精神を学びとることができるのであって、クルト・シュナイダーがいみじくも語っているごとく、「学問的に満足できる精神病理学は本書をもってはじまりとする」のである。
  • 本書の意義はこうした基本的学問的側面にとどまらず、その一貫した人間性への実存的呼びかけであって、邦訳への序文の中に精神病理学的洞察は人間像をはっきりさせるために寄与する。しかし精神病理学を実際に用いるにあたっては、人間の尊厳を侵さぬ心構えが不可欠であり、その規準はわれわれを包括するもののなかに与えられている。このことは正面から論じてはいないが、本書を貫く情調である」と記されている。またここにいう「包括するもの」ないし「包括者」は、さきにふれたようにヤスパースの哲学の基本概念の1つであって、本書において精神病理学を科学として基礎づけ、位置づけようとする彼が、諸学説、諸理論に対して行う批判も、包括者の諸段階とそれぞれに対応した真理のあり方の相違という彼の基本的な考えを理解することによってより判然とするであろう。

 

(宇野昌人:現代精神病理学のエッセンス-フロイト以後の代表的精神病理学者の人と業績-参照)