フロムの思想
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フロムの使命
- フロムの思想は、マルクスとフロイトの影響を強く受けている。両者に対するフロムの評価は大いに異なり、マルクスの理論は、全面的に肯定されのに対し、フロイトの理論は、部分的に肯定されるだけである。なぜなら、フロイトによって発見されたさまざまな心理学的現象は、機械的唯物論の枠組の中で考察され、その解釈がフロイトの科学論によって歪由されている、とフロムは考えるからである。
- フロムは、フロイトの生物学的な考え方を鋭く批判し、人間の行動や発達が、文化的要因や社会的要因、たとえば、社会構造、階級構造、経済構造などによって大きく規定されることを強調する。
- 彼は、ホーナイ、サリヴァン、カーディナーらとともに新フロイト派、フロイト左派、あるいは修正派などと呼ばれている。
- フランクフルト学派の主要な目的のひとつは、マルクス主義とフロイトの精神分析の接点を見つけることであった。フロムの研究は、社会学、あるいはマルクス主義の観点からフロイトの生物学主義を批判的に検討し、精神分析の真の姿を構築するのが、主要な目的である。
- フロイトの重要な発見であるエディプス・コンプレックス、ナルチズム、死の衝動などが、フロイトの哲学的な前提に束縛されて、十全な意味が理解されずにいる、とフロムは考える。
- 精神分析は、フロイトの狭い枠組から解放され、弁証法的ヒューマニズムを基盤に再構築されねばならない。ヘーグル哲学に対してマルクスの果した役割を、フロイトの精神分析に対して果すことが、自らの使命であると考える。フロムの『自由からの逃走』は、フロイトの生物学的な衝動論からの離脱を明言しており、彼の独自の思想への旅立ちのマニフェストであった。
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フロムの視点
- 『自由からの逃走』に示されているように、フロムの理論は、2つの基本的な仮定に基づいて展開されている。
- ひとつは、心理学の基本的な問題は、生物学的な衝動の満足やフラストレーションそのものを論ずることではなく、個人と社会がどのように結びついているのか、その関係のあり方を詳細に分析することである。
- 生物学的な原初的な衝動よりもはるかに強力な衝動が、社会的過程によって新たに作り出されるために、人間の行動は、生物学的衝動の満足やフラストレーションの観点から分析するだけで十分に理解することはできない。
- 他のひとつは、個人と社会の関係が、動的なものとして新しく捉え直されねばならない。フロイトは、個人と社会の関係を固定的に考えているが、個人と社会の関係は、相互に影響を及ぼしつつ常に変化している力学的過程として捉えられねばならない。
- 個人と社会の関係は、一方の極に生物的な自然の衝動を与えられた個人がおかれ、他方の極に人間の社会がおかれ、これらの衝動を満足させたりフラストレイトしたりする、というような図式では理解しえない。
- すべての人間は、飢えや渇き、あるいは性などに関連した生物的な自然の衝動をもっている。だが、人間として存在するために不可欠なもの、すなわち、愛することや憎むこと、権力を望むことや権力に服従すること、官能的な歓びを享楽することや放棄することなどといつた衝動は、社会的過程によってつくり出される。
- 人間性、情熱、不安などは、文化的・社会的産物なのである。人間の絶えざる努力によって創造されたものの中で、もっとも重要な産物は、人間自らであるということになる。
- フロイトは、社会は衝動を抑圧する機能を果すと解するのに対し、フロムは、個人に対する社会の働きを積極的に評価し、社会は創造的機能を果すと解するのである。
(外林大作、川幡政道:現代精神病理学のエッセンス-フロイト以後の代表的精神病理学者の人と業績-参照)