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テレンバッハのメランコリー論

メランコリー論

エントンとエンドン因性(内因性)

精神医学は、種々の精神障害をその原因領野によって、通常3つのカテゴリーに分類される。

  1. 身体因性:これは身体、とくに脳における疾患過程の症状として現われる。
  2. 心因性:心的な動機からの発展あるいは心的動機に対する反応として異常な心的事象が出現する。
  3. 内因性:この概念は、最初からきわめて不明確な概念であって、正体不明の身体因という程度の意味を与えられ、要するに「秘因性」であった。

テレンバッハは、内因性の諸現象が示すいくつかの際立った特徴を取り出して、それを丹念に検討する。

  • リズム性
    • 生物の生命活動は、環境自然の周期性との間にさまざまな形での周期性を示す固有のリズム性を有している。
  • 「出来事として生起してくる事態」ないしは「生成」の性格
    • 現存在の「動き」として、メランコリー性の動きは緩徐化をこうむるが、その底には生命の生成的性格の抑止がある。健康者の悲しみが生成的事態との結びつきを失わないのに対して、メランコリー者の悲嘆は生成の動きを失った永遠の苦痛である。
  • 全面性
    • 人間存在の全部がまとまって変化している。それが成熟の諸段階、ことにその転機的な移行期と結びついている。
  • 可逆性
    • 対人的状況と密接に結びついていて、精神療法的な面接とか、入院による状況の変化とかによって、短時間のあいだに改善がもたらされることも少なくない。病的変化において秩序を失っている内因性の事象は、原則的には再び秩序だった構造へと再編成されうる。
  • 遺伝性
    • 遺伝的要因だけで病気を作り出すことはできず、つねに遺伝と環境という難しい問題が生じてくる。遺伝的に継承されるのは、メランコリー性変化への準備性が特別に高い特異的な類型性である。
  • 類型性
    • 共人間的な意味連関を媒介として一定の仕方で自己を展開・実現し、この連関を自らの状況として構成する。環境要因とは、この特異的な類型がいとなむ特異的な「状況構成」の仕方にかかわっている。

以上の6つの特徴を確認した上で内因性の事態を全体的観点のもとにとらえると、あらゆる生命的事態の中で基本形態の統一として現われ出てくるものとしての「エンドン」の概念に到達する。エンドンとは、根源から発してこの内因性の諸現象の中で自らを展開し、しかもそれらの現象の中に止っている自然である、この自然とは、「発生ということにおいて自から自らを産出するもの」(ハイデッガー)としてのアリストテレスの「ピュシス」のことである。内因性とは、正確には「エンドン・コスモス因性」のことである。

内因性精神病の起源は、ある特異的なエンドンの病的変化にあり、この変化が身体的および心的な変化として現われてくるのである。

 

メランコリー親和型

  • ヒッポクラテスは、メランコリアという病気と、この病気にかかりやすい類型としてのメランコリコス(黒胆汁質)とを区別していた。テレンバッハは、内因性メランコリーに親和性をもつ類型の人では、エンドンが状況との相即関係において特異的な変化を起こしやすい傾向をもち、このエンドンの特異的な変化から、臨床的にメランコリーと呼ばれる心身両面の病的変化が生じてくるものと考えて、このような類型の人を「メランコリー親和型」と名付け、その存在が内因性メランコリーという病気の成立にとって必須の条件であると考える。
  • メランコリー親和型の基本的な特性
    • 秩序への独特な親近性であり、几帳面という形で秩序に固着してしまっている。
    • 自己の仕事に対する過度に高い要求水準であり、質と量の両面に同時に向けられていて、たくさんの仕事をきちんと仕上げようとする。この傾向から、質と量との板ばさみという状況が生じうる。
  • 極端な几帳面さと仕事量に向けられた自己要求の高さが危険な悪循環に陥るのは、この2つの傾向の一方が度を越して強くなったり、もしくは一方の傾向の実現が妨げられたりする場合である。
  • 秩序志向性は、対人関係の秩序に対しても向けられ、「他人のために何かをする」という形で「他人のためにある」という関係である。
  • 彼らは自己の存在の支えを、自己自身のうちにではなく、身近な他者の存在のうちに見出している。このような対人関係の秩序は、相手の病気や死、あるいは結婚などによって、配慮の対象が失われたり共生関係の維持が困難になったりすることによって、容易に大きな打撃を蒙る。
  • 彼らはきわめて良心的であり、その特徴は、秩序に関することが問題になるときに敏感にはたらくこと、どんな僅かの負い目をも負うまいとする禁止的な機能を営むとことだといえる。メランコリー親和型の人の良心がその禁止的な機能を十分に果せなくなって、罪の負い目が彼らにとって現実的なものとなってきたとき、彼らは深刻な危機に陥って、メランコリーヘの道をたどることになる。

 

内因性メランコリーの病因論

  • メランコリー親和型の人は「秩序」を構成原理とするような固有の状況を状況構成する。こうして構成された状況は、この類型の人にとって特異的な危機的性格を帯びやすい。この「メランコリー親和性の状況」がどのようにして「前メランコリー状況」へと発展し、さらには「メランコリー状況」に陥って行くのかということである。
  • メランコリー親和型の人が構成し、そこに住みついている世界は、整然たる秩序によって支配され、偶発事件を可能な限り閉め出した世界である。ここでは「自らを秩序の中に封じこめること」としての境界の形態をとっている。「封じこめられている」ことによって特徴づけられているメランコリー親和型の状況の空間性を、テレンバッハは「インクルデンツ」と名付ける。
  • この状況のインクルデンツ的特性が尖鋭化して前メランコリー状況を形作るいきさつは、家庭の主婦が引越しをきっかけとして発病する「転居メランコリー」を例にとって考えてみるとわかりやすい。主婦にとって転居は、身近な人々や事物との生命の通った交わりの秩序の中に身を置いているという、安全で住み慣れた世界が失われるということであり、「自らの所を得る」という仕事を最初から新しくやり直さなくてはならないということである。自己を閉じこめている境界はますます乗り越えがたいものとなり、それがこのタイプの人の特有の義務責任感にとっての大きな負担となって、インクルデンツはこの抜き差しならない自家撞着の中に封じ込められるという危機的な様相を帯びてくる。
  • メランコリー親和型の人が構成する状況の空間性がインクルデンツであったとすれば、その時間性はレマネンツ、つまり「自己自身におくれをとっていること」である。メランコリー親和型の人は自己自身に対する―とくに仕事の量と質の両面における―要求水準が高い。この要求水準がなんらかの事情で達成されない場合、それは彼らにとって耐えがたい負い目として経験される。彼らは仕事を片付けてしまおう、後に残さずにおこうとする傾向と、仕事を簡単に済ませてしまえない、まだなすべきことが残っているという気持との板ばさみになっている。健康時にはかろうじてこの2つの傾向の間を綱渡りしているこの類型の人が、危機的な状況に陥ったとき、この自家撞着に内在している危険は急激に表面化する。
  • このようにして、メランコリー親和型の人は、その持ち前の秩序愛好性のために、インクルデンツ的側面からもレマネンツ的側面からも、進退きわまった危機的な自家撞着の状態にはまりこむ危険にさられている。この2つの現象は、いかなる前メランコリー状況においてもつねに相伴って現われてくるのであって、これを別個の側面として考察するのは単に強調点の違いからであるにすぎない。
  • さてこのインクルデンツ・レマネンツ的布置をもつ前メランコリー状況から、最初の病的症状を示しながら開始されるメランコリー性精神病への変化の道程は、状況の連続性という観点からはひとつの「断絶」である。この断絶の向う側、つまリメランコリー性精神病の最初の兆候を、テレンバッハは「絶望」と呼ぶ。
  • 絶望とはこの語が通常意味している「希望のなさ」や「自暴自棄」のことではない。それはなんらかの最終的な結末に到達してしまった事態ではなく、むしろまだ去就の定まらない二者択一の状態で身動きができず、決断の不可能な苦境をさすものである。
  • 前メランコリー状況から内因性メランコリーが発病してくるというこの変化を、エンドン論の観点から見ると、エンドンは類型学的にとらえうる典型的な特異性を有し、インクルデンツとレマネンツを両軸とする特異的な状況的布置として現われている。前メランコリー状況とは、この特異性の尖鋭化にはかならない。インクルデンツ・レマネンツ布置が限度に達すると、そこで状況論的には断絶が生じ、絶望を最初の兆しとする内因性メランコリーが発病する。ここでエンドンは急激な変動に陥って破壊的な再編成を受ける。このエンドンの変化を「エンドン変動」、これをひき起こすような病因状況を「エンドン指向的状況」と呼んでいる。
  • エンドン変動が生ぜしめる決定的な変化は、メランコリー親和型特有の本質特徴、とくにその秩序愛好性と世俗化された良心が、メランコリー性精神病の状況において一切の自己の統制を離れて独り歩きを始めるという点にある。発病によって、自己がもはや自らの主題を所有しえず、かえって主題によって所有されるという事態こそ、エンドン変動の秘密なのである。
  • テレンバッハはこのようにして主体超越的・メタ身体的なエンドン変動に着目することにより、一般にいわれている「反応性」、「神経症性」、「体因性」などの各種のメランコリーを、そこにエンドン因性特有の諸標識が認められる限りにおいて、すべて「内因性メランコリー」として扱う。
  • 内因性メランコリーとは、もはや原因不明の遺伝疾患ではなく、特有の類型に属する人においてそのエンドンがエンドン指向的状況からの触発をこうむって変動に陥ったために発生するエンドン・コスモス因的な事態なのである。

 

木村敏:現代精神病理学のエッセンス-フロイト以後の代表的精神病理学者の人と業績-参照)