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ボスの夢みる人間の現存在分析

夢みる人間の現存在分析

 

夢判断

  • 夢は覚醒意識の残滓であり、その内容も意味も、覚醒時に比べて乏しいものである、というのが19世紀における一般の考えであった。この考えを逆転して、「夢の中には、覚醒時に抑圧されていた無意識の内容が秘められている」と主張した最初の20世紀の人こそ、フロイトであった。フロイトは、1900年に、『夢判断』という著書を書き上げた。この夢を重要視する態度は、フロイトの最初の弟子で、のちに別の学派を樹立したユングにも受け継がれ、むしろいっそう展開していった。ユングの目から見ると、夢は、フロイトが分析していった個人的無意識の内容を物語っているだけでなく、個人の無意識よりもさらに深層に在る人類に普遍的な無意識内容をも告知するのである。現存在分析の創始者ビンスワンガーも、若いときから夢に関心をもっていた。彼の最初の著作は『ギリシヤ時代から18世紀までの夢概念の変遷』であり、また彼のもっとも格調の高い論文は「夢と実存」であるといわれている。
  • フロイトユングに師事し、チューリヒの先輩ビンスワンガーから大きな影響を受けたボスが、はやくから夢に関心を抱いていたことは当然ともいえる。彼の最初の著書は、『性的倒錯―愛の現象の精神病理学への現存在分析の寄与』(1947年)であるが、ボスはこの本の中でも、症例の夢を分析している。そしてこの本を書いて6年のち、1953年に第2番目の著書として『夢とその解釈』を書いているのである。

古代の人たちの夢概念

  • ボスの著書『夢とその解釈』は4部に分かれており、
    • 第1部では「現代の夢の理論」が詳しく紹介され、これにボスの立場からの批判が加えられている。ここでボスがとくに重要視しているのは、フロイトのみならず、ユングをはじめとするチューリヒ学派、さらにはビンスワンガーやクラーゲスたちの現象学的夢解釈である。
    • 第2部では「夢そのもの」の記述と、これに対するボス自身の解釈が試みられている
    • 第3部では、「夢みる人間のさまざまな現存在可能性」が記述されている。ボスはここで、現代科学の偏見に毒されていない純粋かつ柔軟な考えに立って、夢現象をできるだけ現象それ自体に即して見ていこうとしている。
    • 第4部では、「全体として夢みることの本質への問い」が提出されている。
  • ボスがこうして「夢みる人間の現存在分析」を行っていくにさいして、最初に「序論」において、古代の人たちの夢についての考え方について省察している。
    • 人類の歴史のもっとも古い時代には、夢解釈は神の術であった。神を中心とした世界解釈に呼応して、夢は、神々の直接的な開示であった。モーゼの第4の書によると、主はアーロンとミリアムを導くために、みずから雲の柱によって下られ、「あなた方の中に主の予言者がいるならば、私は彼の夢の中で彼にまみえ、彼に語るであろう」といわれた。またエジプトの最古の夢の記録の中では、「ホラスは、自分の不快な夢はあきらかに神セツトの陰謀によるものだと知り、夢が告げているいまわしい呪いから逃れるためには、自分の母である女神イシスにたのむ以外にはすべがなかった」と書かれている。こうして夢は、個人の運命を決定し、さらにはしばしば軍勢や民族全体の運命を決定しさえもした。私たちはこのような事情を、旧約聖書ギリシャ神話の中に読みとることができる。
    • また古代人は、夢そのものだけでなく、夢解釈をも神のわざと考えていた。エジプト王の夢解釈をしたヤコブの子ヨゼフの物語りは、その典型例である。さらにホーマーにおいては、夢は、神の贈り物だとされている。ゼウスは、アガメムノンに凶夢を与えてギリシャ人を亡ぼすことにより、アキレウスに栄誉の贈り物をしたのであった。ソクラテスもまた自分の夢を、服従すべき神の警告と解釈している。
  • やがて神性視されてきた夢の時代は終りを告げる。ボスによると、古代後期と中世との間の時期になって、夢ははじめて神性を失い、夢解釈は図式主義に陥ってしまう。
  • 近世になってからは、夢はますますナンセンスなものになってしまった。夢にとって17、8世紀の近代啓蒙主義の時代はネロの時代にもましてわるい事態であった。19世紀にいたっては、夢解釈は、唯物論的機械論的思想の前駆思潮として、単なる迷信の地位に転落してしまった。
  • ボスが、このように夢解釈の近代における位置をたどりながら、18世紀後半から19世紀はじめにかけて一時的に、ローマン主義時代の詩人や思想家が、夢に対して好意ある関心を抱いたことを指摘していることは、興味あることである。
  • このように夢とその解釈とを歴史的に展望するとき、フロイトに始まる20世紀の夢判断は、次第にその力を回復しつつあるようにも見えてくる。

夢の神秘性

  • ボスは、夢に告知された内容を、個人の内面に秘められている無意識的なものに限ることなく、時としてもっと神秘的な事象があることを否定しない。それは、ボスが神秘主義者であったり、超自然的現象に異常な興味をもっているからではなく、むしろボスが人間事象をできるだけ先入見のないまなこで見ていこうとするからなのである。
  • ボスは、予言的な内容を告知する夢についても、否定せずに事実のままを書きしるしている。そのひとつは、世界史的な意味をもつ司教ジョセフ・ラニィのみた夢であり、ボスによれば「あらゆる批判に耐えうる予言夢」なのである。この司教は、1914年6月28日の朝3時半に、太公フランツからの「私と妻は今日、サラエポで暗殺されることを伝える。あなたが敬虔な祈りをささげて下さるよう…」と書きしるした手紙を読む夢を見て、驚いて夢からさめ、直ちに夢の内容を刻明に書きしるし、朝早く大公のためにミサを捧げた。そして不幸にも、その日の午後の3時半に、大公フランツ暗殺の電報が届いた、というのである。ここでボスは、古代後期以降、夢が失ってしまっていた神性の復権を、人間存在の可能性の中に位置づけようとしたのである。
  • 最後にボスは、数々の夢の中には、人間の深い英知が物語られている場合もあり、人間が夢をみ、また夢について語るという人間事象の本質は、まさしく人間存在の歴史的連続性の秘密の中に根ざしているのではなかろうか、と結んでいる。と同時にボスは、人間が覚醒存在でもあることに思いを致すことの重要さをも示唆している。

 

荻野恒一:現代精神病理学のエッセンス-フロイト以後の代表的精神病理学者の人と業績-参照)