therapilasisのブログ

北総メンタルクリニック 院長の情報発信

ヴァン・デン・ベルクの「病床の心理学」

『病床の心理学』(1953)

  • これは「専門書」ではなく、ナースのために執筆された本であるが、そこには、小さなものへの関心と配慮、滅び行くものへの慈しみが脈打っているのがはっきりと感じられる。
  • 「健康人は、職歴、勉強、名声あるいはお金などの重大な事柄に心を奪われているあまり、小さなことを忘れがちである。それをもっとよく吟味してみると、人生に意味を与えるのは、決してそうした重大な事柄ではないことを認めざるをえない。健康人もやはり小さなことに対する感受性を失っているわけではないのだ。たとえば、子どものころのことを思い出そうとしてみると、はじめて小学校に行った日のこと、自分の最優秀のレポート、あるいは進級できなかったときのことなどを思い出すだけではだめなのだ。生まれてはじめて海を見たときの記憶といったことでさえ、彼に幼い日々を引きもどしはしない。両親の家の中でのいろんな物音、ホールの時計の音、ゆるんだ屋根がわらの音といったことや、その家を「自分の」家だと感じさせた自分の小さな部屋などを思い出さなければならないだろう。その部屋は屋根裏の片すみだった。それに台所のテープルの下のなじみの場所、冬じゅう電気がついていたカーテンのうしろの不思議なスペースといった具合である。先に述べた、健康人の日常における重大な事柄についても、それはいろいろな細々したことが一緒になっていることではじめて自分とつながりをもってくるのだ、と気がつく。たとえば、悲しい手紙を受け取ったとき、そよ風が木々の間を流れて、ときどきかさかさと葉が鳴っていたぞ、はじめての子どもが生まれたとき粉雪がしんしんと降っていたよ、結婚の初夜には窓ガラスに雨のしずくがしたたっていたっけ、といった具合だ。」がさつでおおまかな健康人でさえそうなのだ。まして、
  • 「患者は、こうしたほんの小さなことに対する新しい感覚を獲得する。他の誰よりも、息者は一日のリズムを知っている。朝早く、暗やみから光へと次第に変っていく窓のたたずまい、病室にさしこんでくる最初の陽光、ベツドや床や、壁の上の日光の点の移動、日中のせわしげな物音、宵やみのおとずれ、容赦なく進んでいく夜の静寂など。こうしたことの新しい感得は、いつでも好ましく思われるわけではないにしても、あるまったく特別な意味で、それらは信頼されるようになり、彼にとって貴重にさえなるのだ。
  • 患者は健康でない人間として、1年のリズムも知っている。彼は夏の午後の蒸し暑い静寂とひとつになる。ハエをさえ彼は歓迎する。ハエはブーンという羽音で部屋を専有し、数回激しい突進をしたあとで窓の外へ消えていく。そのあと、静寂と暑さはいよいよ厳しくなっていく。また、患者にとって、クリスマス前の暗い日々は、単に日が短くなる以上のものだ。だから、春を告げるコマドリの最初の出現は、努力なしに深い感謝の念へ導いてくれる体験である。さらにヒヤシンスが芽をふいたのを見つけ、病室のひさしの下に作った巣の中でピヨピヨ鳴いて育っていたツバメが初めて飛ぶのを眼にする。花が開き、青虫がさなぎとなり、チョウチョウがその湿った羽を拡げるのを見る健康人がいったいどれだけいるだろうか。」
  • 学問は、概念の厳密さと論理の明晰さ、およびそれに由来する抽象度の高い普遍的システム以外のものであってはならぬ、とする人々の眼には、このような記述は主観的というより主情的に流れていて学問的とはいえず、文学にすぎない、と見えるかもしれない。しかしヴァン・デン・ベルクにとって、それは現象学的記述にほかならず、その意味で、すでに学問そのものに属しているのである。
  • 現象学はひとつの方法である。態度と呼んでもよいだろう。この方法は科学における新しい観察の仕方である。しかし、それが新しいのは、たとえば心理学の分野においてなのであって、日常生活ではそれは決して新しいものではない。それどころか、現象学者は、人が日常生活の場面を観察しているままのやり方で観察しようとするのである。現象学者は対象(物体)やからだや、自分のまわりの人々や時間などに関する日常的観察に、ゆるぎない信念を抱いている。
  • ヴァン・デン・ベルクが―他の現象学者もこの点では多かれ少なかれ同じだが―現象というとき、それはデカルト以後の常識であるところの対象(物体)化され、私自身の外に設定される現象ではなく、主・客分離の「反省以前(の境位)」における、私自身が含まれるところの「生活世界」そのものをいうのである。
  • 『病床の心理学』からの引用に見られるやさしさと慈しみはこうした方法の所産なのであって、決して単なる主観主義、主情主義へののめりこみではない。したがって、ヴァン・デン・ベルクが病者―肉体的であろうと精神的であろうと―に示すやさしさと慈しみは、決して甘さではない。
  • 「われわれが、もし患者から、その病床にあることのまごうかたなき重大さから眼をそらさせるならば、患者が死の床で死について考え、語るのを許さないならば、自分の終末と対面しようとしているひとりの人間の生をいためつけてしまうのだ。」「病状について真実を告げることが、どんな患者にも無差別になされてよいと結論してはならない」が「患者がこうした疑間に悩んでいることを示し、これを知ることで人生を深く探るために、自分の人生を吟味し、整理し、改めるために求めているのだとはっきりしていれば、また自分の人生に意味のある全体性を与えるために、自分の死について知りたいと望んでいるのであれば、健康について誤った期待を抱かせるような嘘をつくことは、道徳的にも、また医学的にも誤っていることははっきりしている。患者がそのことを知りたいと望みながら、同時に健康への期待をどんなに求めていたとしても、である。こうした患者は、病状の真実を聞かされ、それについて論じあうことを許されたとしても、それによって死期が早まるかどうかは疑わしい。しかし、たとえ、彼の生命が数時間あるいは数日から数週間縮まることになった場合でさえ、真に人間的な終りを迎えることの幸せは、この時間の損失を補いはしないであろうか。もしも病床が、患者自身さえ救ってほしいと切望している自己瞞着の連続以外の何ものでもないとしたら、その中で時を長らえることが、本当に重要であろうか。いったい、どちらのほうが重要なのだろう。人生の長さだろうか。それともその内容だろうか。平均寿命の延長ばかりに向けられる過度な医学的関心は、多くの医学的課題のうちの一つだけを強調しすぎることではないだろうか。」
  • ヴァン・デン・ベルクの眼は医師にとって医療とは何か、いわゆる医学の進歩とは、人間にとって一体何かという原点にきびしく向けられていく
  • 「医療行為を支配してきた基本原則は以下の通りである。“医者は、どこにおいても、いつであっても、可能な限り人間の生命を保持させ、助け、延ばすという義務をもつ。・・・・この基本原則によって、医者はどんな場合でも、死の敵である。・・・・しかしなが・・・・少なくともごくまれに、死にいたる患者が、余りに長く生き続けていると考えて疲れたため息をのみこまなかった人はいなかっただろうか?またその患者が、あまりにも苦しみ過ぎていると考えた者はいなかっただろうか?これ以上生き長らえて欲しいと望んでも無意味だと考えた者はいなかっただろうか?こういう時われわれは、仲間の間では患者が早く死んでくれれば神の恵みなのだがと、声にさえ出して言うこともはばからない。このような時でも、一瞬といえどもわれわれはこの神聖な原則に対して罪を犯しているなどと考えつかないのである。しかし、もしわれわれがそういう考えをもったとしたなら、なぜ医者がわれわれと同じように考えてはいけないのだろうか?・・・・医の倫理の基本原則は、医者が力をもたなかったために神聖だったのである。」しかし、医学の「進歩」は医師たちにさまざまの強力かつ有効な治療的手段を授けてきた。「今や医者は力をもっている。医者というものは、今でもやはり例外なく生命を、救わなければならないのだろうか?」昔なら確実に急激な死以外になかった生れつきの奇型や奇病が、「医学の進歩」によって生命をながらえることができるようになっている。それは、医学や、あるいは医師にとって「進歩」ではあっても、当の患者自身とっては良いことなのか? 奇型や奇病と結局縁の切れない「長い間下り坂をたどり、死にかけているか、死んだも同然の不快な状態にいる患者に、植物的な状態を強いること・・・・は普通ではないということにしなければならない。ともかくそれは野蛮なのである。」「医学的―技術的力は健康の回復を目的とするものであって、生命の終焉には十分ふさわしいものではない。その力は死をますます悲劇的な結末にしてしまうのである。」
  • こうして彼は「安楽死」の必要を論ずるのだが、それがこの問題に関する通常の討論と違うように思うのは、普通はそれを認める人々も「やむを得ないこと」としてあるのに対して、ヴァン・デン・ベルクはそれを「新しい倫理」として、積極的に論じていることである。この大胆さは、つまるところ「医者は患者のために存在するのであって、他の誰のためにでもない。また他の何物のためにも存在するものではないのだ」という、強い確信に溢れた、彼の生き方そのものに由来する。そこにほとんど「生れつきの臨床家」の生と姿勢がある。

 

(早坂泰次郎:現代精神病理学のエッセンス-フロイト以後の代表的精神病理学者の人と業績-参照)