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カール・クライストの思想

 

カール・クライスト(Karl Kleist、1879 -1960)

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(SCIELOより)

クライストは、かのウェルニッケの直接の門下生であって、このことが彼の学説を理解する上での鍵である。ウェルニッケは、ある時代、クレペリンの最大の競争者であった。精神的反射弓の仮説を立てて、すべての精神症状を脳局在学の立場から説明しようと試みた独創的研究者であったのである。そしてこの師の素志を引き継いで、執拗な研究を永年にわたって推進したのがクライストである。このことからも推測できるように、クライストは終生クレペリンの体系を承認しなかった。のみならず、その最後の論文(1947年)の中で、次のようにさえ言っている。

「診断的に便利なクレペリンの体系は、欺瞞的なものとなり、教条的なものとして硬直し、法則的なものとして固定した時に、かえって阻止的な作用をするに至った」と。

 

クライストの思想、特にその“Syndrom”学説

  • ウェルニッケは、病因の追究よりも精神病の状態像と予後との観察を重要視し、状態像を病的過程の脳局在学的侵襲の結果として把握しようとした。クライストもこの師匠の脳局在学的立場を踏襲するが、さらに先端的である。第一次世界大戦後は、戦争による脳損傷の豊富な経験、またこの時期以後に流行した嗜眠性脳炎の経験によって、ウェルニッケ時代には不明であった脳幹の機能と、その欠損症状とが明らかとなり、クライストはこれを脳局在学の知見として大きく採り入れた。
  • 彼は精神症状を、脳外套症候群と脳幹症候群とに2大別した。痴呆や健忘症候群や失語症や失行症などを前者に属させる以外は、大多数の精神症候群を脳幹性のものとして次の4群として総括した。
  • 意識障害の症候群として、朦朧状態、誰妄状態、嗜眠、不眠。
  • 自我意識の症候群として、衝動性不機嫌、心気症状態、誇大状態、妄想状態、離人症
  • 感情性症候群として、躁状態、欝状態、不安性昂奮状態。
  • 精神運動及び思考の症候群として、多動状態、無動状態、錯乱状態、昏迷状態。

これらの脳幹性症候群の特徴は、ただ単に症状の組み合わせのみでなく、その経過、継続時間、回復過程に至るまで、それぞれの症候群に特性があることだという。たとえば誇妄状態は、どんな場合にも短く、急激に始まって急激に消失するのに対し、幻覚症は、徐々に始まり、数週または数カ月にわたって続き、その後徐々に回復するといったように。

  • これらの状態では、経過などまでを共通にするという意味で、通常の症候群と区別できるとして、彼は、これらに対してSyndromの名を与えて、症状の一定の組み合わせだけを意味する症候群と区別した。
  • このSyndromはただの症候群ではなくて、疾患と通常の症候群との中間に位置を占めるもので、Syndromの大部分は脳幹性のものだという彼の主張と併せて考えると、彼が精神病発生の局在として、いかに脳幹を重視していたかがわかる。
  • その他にも種々の新しい言葉を作っているが、同質性症候群や異質性症候群もその例で、同質性症候群は健康な精神生活に類似のもので、躁、欝、心気、多幸、不安、偏執などの症候群を意味し、異質性症候群は健康な精神的存在に固有でないものを意味し、意識喪失、朦朧状態、健忘状態、痴呆、感情荒廃状態などがこれに属する。この両者の間に中間症候群を区別して、錯乱、昏迷、多動、無動、拒絶症、自閉症、常同症、強迫状態、ヒステリー状態、刺激性衰弱、幻覚症、作話症、離人症などが属する。
  • 精神病の体系または分類についても、クライストの考え方は独特である。ここでも彼はクレペリン流の外因性と内因性の2つの区分を不十分だとし、内因性に属するものをさらに2つに分け、全体として3つの区分を行なっている。
    1. 外因性に相当する他因性
    2. 第2は身体因性
    3. 第3は神経因性

この内因性のものを2つに区別した理由は、同じ内因性と言われるものでも、たとえば内分泌系疾患による精神病は、息者自体にとっては内因であるが、症状の発起点である神経系統にとっては外因であるから、誤解を避けるために、これを身体因性として、第3の神経因性と区別すべきだという。

  • クライストの考えの中で最も重要な点は、この第2の神経因性の疾患は、遺伝因子の変化によって起こるものであり、しかもこの変化を起こす突然変異の原因がまだ不明であるから、他因性や身体因性の諸疾患とは違い、この場合は、原因による疾患の細分は不可能だという点である。ここにすでに内因性精神病に対する彼の系統疾患説がほの見えるし、また彼のその後に打ち出した数々の新学説の出発点もここにある。
  • 真正テンカン、躁欝病、パラノイア分裂病などは、神経因性疾患であるが、これらのものの特徴の入りまじった、いわゆる非定型精神病が多数存在するところから、クライストは、クレベリンの分類に疑惑を抱きはじめたのであった。
  • 彼はビルンバウムやクレッチュマーとは違い、遺伝性疾患には幾つかの疾患の混合または合併がしばしば認められることを前提として、この難問を解決しようと試みたのである。彼の自生性変質性精神病の概念がその一例であるし、また彼がここから出発して、周期性精神病の分類に進んだのも細かい原因の詮索はさて措き、病像と経過予後とを共通にするSyndromを重視した結果である。そしてそれは同時にウェルニッケの意図に沿うものでもあった。

 

クライストの神経因性疾患に対する解釈

  • 神経因性異常を次のように分類する。
  • 第1群は、精神薄弱と精神病質などのように、一生を通じて異常な状態を呈するもので、多くは、その不安定な精神構造のために、精神的ショックや葛藤や過労その他、不明の契機によって容易に動揺する。そこでこれらの契機別に、心因反応、作業性消耗、自因性動揺を区別するが、この内でクライスト独特のものは、
    • この自因性動揺の型をさらに分けて、
  • 発作または挿時性発作:短時間に経過してこれを繰り返すもの

真正テンカン、アプサンナルコレプシー、挿時性不機嫌症、挿時性朦朧状態、その他、もろもろの類テンカン性疾患
→これらをクレベリンのように、テンカンの1つの概念に含ませることには反対で、各々は独立したものであり、また各々その特徴を持っていると強調する。この型に共通するのは、その経過が一過性であることのほか、意識障害や朦朧状態のような異質性症候群を主として、時に衝動性不機嫌のような中間症候群を示すことであるという。

  • 周期性精神病:数力月に及ぶ周期を示すもの

中心はもちろん躁欝病であるが、ウェルニッケの記載した運動精神病や不安精神病、マイネルトが初めてアメンチアとして記載した錯乱精神病、また急性パラノイアなどのような多くの非定型精神病や類循環性辺縁精神病
→特徴は、その経過が周期的であることのほか、同質性症候群を中心として、これに中間症候群が加わって成り立っていることだという。また、これらを単一の病的過程によるものとはせず、各々独立したもの、あるいは混合または合併した病的遺伝素質の現われだとしている。

  • クライストの鋭敏さを感じさせるのは、この病型群、すなわち発作、挿時性発作、及び周期性を示す群に共通する特徴として、反対性二重症候群がしばしば見られると言っていることである。短く言うと、躁の後に正反対の欝が現われるといった特徴である。昂奮性朦朧状態の後に嗜眠状態、多動の後に無動、関係妄想の後に恩恵妄想というような反対の症候群が互いに交代する現象である。
  • この群型のものを神経因性とした理由として、クライストは、クレッチュマーらの体質論を引用する。すなわち体型によって病像が異なるということは、植物神経系や内分泌系などの影響もあるであろうが、脳の機能ことに脳幹の機能それ自体の異なることを示すものだというのである。のみならずクライストは、この群型の症状の内容から見て、これらは、回復可能な器質性の脳幹疾患であると明言する。
  • 第2群として、パラノイアや強迫精神病や心気性不機嫌症を取り扱っているが、さらに異常素質による第2群として彼が挙げるのは、破壊性神経因性疾患と彼が名付けたもので、その名の通り神経系統の破壊をもたらす黒内障性白痴やピック病やアルツハイマー病やハンチントン病などである。そして彼が精神分裂病をこの群型のものに数えている点を特に注意すべきであろう。
    • 分裂病についてクライストは、その病理組織学的所見こそ、まだ十分に明らかではないがと前置きしながら、これをビック病やハンチントン病などと同じく、系統疾患または遺伝変性疾患であるとする。またその病像や経過が違うことから、分裂病を単一疾患ではなくて多数の疾患だとし、門下生のレオンハルトによるその後の研究をも参照して、1947年には分裂病を19の型に細別した。そして分裂病の病像の中にしばしば現われる精神運動昂奮や錯乱性昂奮、昏迷や幻覚症などが、すべての人に具わっている脳機構の現われであることなどを考慮して、分裂病を、脳幹性症状を主体とするものであると説明したのである。

 

精神病理学ヤスパースに対するクライストの反論

  • クライストの1925年と1947年の論文を参考として、彼の考えの大綱をしるしたものである。彼が20年以上にもわたって自説を堅持したことが、これによってわかる。1925年のころには、当時の医学界全体の潮流に沿って、彼も体質学に大きな関心を示し、たとえば症候性精神病に罹りやすい体質が存在するとして、これに症候性不安定性の名を提唱したりしている。とにかくクライストには斬新な着想が多く、そのため新しい用語の提唱が多いのが1つの特徴である。
  • 彼は学界における異才であり奇才であった。分裂病を19の病型に細分するなど、差し当たり学界一般に浸透するはずのないことをも、クライストは敢えて行なった。ただ、ここで考えさせられるのは、彼が分裂病のような、原因のまだ知られていない疾患を、無理に疾患単位としてまとめることを拒否し、病像と予後経過とを中心とした症候群―― クライストのいわゆるSyndromによって分類しようとしたことである。
  • クライストのあまりにも神経学的な見解に多くの人がついて行けなかったことは明らかであるが、ここに意外と思われるのは、オイゲン・ブロイラーのような精神病理学者がクライストの熱心な支持者であったということである。ただクライストのような神経学的主張をする者が、第二次世界大戦後まで健在であったこと、また近年、大脳の辺縁系網様体の機能が明らかになるにつれて、神経生理学者の側から、脳と精神との関連についての推理が現われつつあることは、精神病像の構造論の展望をするにあたり、決して無視し得ないところである。
  • クライストの視点からする分類作業は、レオンハルドらによって受け継がれているし、また周期性精神病の概念については、ビュルガー・プリンツのような、ウェルニッケの思想の影響を受けている有力な学者がこれを堅持していることを忘れてはならない。
  • 最後に、1925年の特別講演で、クライストがヤスパースに対して一矢を酬いた章句を紹介しておこう。これは、あまりにも精神病理学的立場に偏ったヤスパースが、神経学的立場を蔑視したことに対するクライストの反撃である。ヤスパースに対してこれだけのことを言える人は、恐らくクライストを措いて他にはないであろう.
    • 「・・・・問題なく明らかなことは、精神病理学の視点からのみの臨床研究では、これ以上の進歩がないということである。真の疾患単位は精神医学には存在しないというヤスパースの視点は、完全な診断的虚無主義にとって当然のことである。・・・・なぜ、このような絶望が起こるのか。それは、心理学が、すべての生物学から離れては、それ自体のみで疾患やその種別についての立場を立てることができないからである。・・・・彼は常に“脳神話学“とか、“脳を横目でながめて”とかいう言葉を使うが、このような意識した片手落ちや、他の補助方法に対する高慢な蔑視をもってしては、どんなにしても目的を達することはできないであろう・・・・」。
    • 「・・・・ヤスパースやその後継者たちが、しばしば彼らの言う“偉大な脳神話学者”ウェルニッケの足跡の中で彷徨していることは、歴史が証明する明白な事実である。ウェルニッケこそは、了解性や体験様式の問題を、「当惑」や「二次性症状」や「説明妄想」や「過価観念」などについての研究の中で最初に取り扱った研究者なのである・・・・」。
    • 「・・・・私がヤスパースや彼の盟友たちから常に受ける印象は、彼らが精神病を、ある種の演劇としてながめているかのように見えることである。彼らはこの演劇を、驚きと感動と同情と歎美の念とをもって追う。彼らは自ら心を奪われ、幻想におごそかな衣をまとわせたような言葉で声高らかに語る。そしてこの謎深い世界を歩み続ける精神病患者に、ある距離を置いたところから感入して追従することができれば、彼らは大喜びをする。それは正に直観的で芸術家的の態度である。・・・・しかし科学とは元来本質的にこれと異なったものである。多彩で心を躍らせるような多くの個々の現象の中から、普遍的な線を探り、確実な規則性を求めようとする、はっきりとした、しかも冷たい処女地である。これは人と人との関係の無視ではない。これは、私が現在、立っている立場が彼らの立場と異なっているということに過ぎない。しかし、ここには疑いなく個性間の大きな相違がある。そしてある人は共体験し了解するのに向いており、他の人は観察し説明するのに向いているのである・・・・」。
  • クライストの学説に賛成か否かはさて措き、われわれはこのクライストの批判を時折り心に浮かべて、精神医学の研究とは何であるかを、冷静に深く考えて見るべきだと思う。クライストのこの考え方は、自然科学的研究方法が導入されて以来、多くの精神医学者が堅く拠って来た立場であるが、しかし、彼の痛烈な批判の対象となったヤスパースをさえ手ぬるしとするのが現代の風潮である。近年、精神病に対する人間学的把握の試みが勃興してきたのも、従来からの伝統的傾向に対する反動と見ることができよう。いずれにせよ、根本理念のこのような隔たりは、いずれを是、いずれを非とするかにはかかわりなく、精神医学における最大の基本問題の1つであると言うべきであろう。

 

分裂病の病理解剖の問題

  • クライストが系統変質疾患に数えた精神分裂病の基底に、それに相応する神経病理学的病変が見出されるか否かについての研究の結果を、手短かに紹介しておこう。ごく簡単に言うと、研究の初期(1920年ごろまで)に分裂病の脳に発見された病変は、いずれも分裂病に特有のものではなかったのである。これは、スピールマイヤー、ショルツ、ペーテルスといった錚々たる脳病理学者が研究材料を精選吟味した研究の結果である。
  • その後オスカー・フォーグトとその問下によって陽性所見が報告されたが、今日の学界においてはまだ承認されていないし、わが国の立津博士の所見についても同様である。結局、分裂病に特有な病理解剖学はまだ発見されていないということに大方の意見が一致している。しかし、この結論は、従来の光学顕微鏡的検索をもってしてはという条件付きである。新しい検索方法、とりわけ電子顕微鏡的あるいは神経化学的方法を用いる研究によって何らかの発見があるか否かは、ひとえに将来の課題に属する。

(文中の精神分裂病分裂病は現在の統合失調症

内村祐之:精神医学の基本問題1972参照)