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ジャネのヒステリー論

ジャネのヒステリー論

彼もシャルコーの門下生であって、その師の大きな影響の下に暗示や催眠術の研究を行なった。彼はヒステリーの心理的緊張の、心理学的、病理学的理論を打ち立て、それによって多くの精神状態を説明しようと試みたし、また精神衰弱症の概念をも新しく提唱した。その間、同じくシャルコーに示唆を受けたフロイトと、学説の上で終始、激しい議論を戦わせた。神経症以外の広い精神病理学的研究をも含めて、ジャネこそ、フランスのこの方面における第一人者であるとヤスパースも嘆賞している。事実、彼によってフランスの神経症学は初めて純粋な精神病理学の対象となったのである。

彼は哲学を経て心理学を専攻した。そして、あらゆる病的精神症状は無数の移行段階を経て、正常の精神生活と結び付いているとの考えから出発し、疾患の法則を研究することが、健康心理の法則の発見に資するであろうとの予想の下に、精神病理学的研究を進めた。

初期の業績は、催眠術と暗示に関するものであった。これらは催眠術を心理学領域に応用しようと試みたもので、従来の伝統的な心理学的の諸方法と比べて著しく大胆なものである。彼はまた一人の霊媒催眠術を施して、ヒステリー症状生成の原因となった外傷に対する感情の動きを想起させることにより、この症状を消失せしめ得ることを発見した。そしてこれは、フロイトとブロイアーとの最初の発表と、その時期、内容をほとんど同じくするものであった。

当時はシャルコーのヒステリー理論の全盛期であったので、ジャネもヒステリーの精神病理学を研究主題として選んだが、彼の研究結果によれば、ヒステリーとは意識野の狭窄を基本性格にもつ一つの欠損状態であるという。この欠損は、心身の症状―たとえば身体的には感覚麻痺、精神的には健忘症状―として現われ、しかも両者は相互に密接に結び付いているので、一方の症状は他方の症状の出現を伴い、反対に一方が消失すれば、それと同時に他方の症状も消失することを発見した。彼がこの学説をドクトル論文として発表したとき(1892年)、シャルコーはこの愛弟子のために序文を書いたが、その中に次のような部分がある。「私の門下生であるジャネの研究は、私が講義の中でしばしば強調した意見、すなわちヒステリーの大部分のものは精神疾患であるということを証明するものである」と。

内村祐之:精神医学の基本問題1972参照)