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フロイトの神経症論

フロイト神経症

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フロイト(左)とジャネ(右)

 

ジグムント・フロイトは、ジャネと共に神経症学を飛躍的に発展させたのみならず、深層心理学全般に未曽有の新生面を開拓して、その師たるシャルコーをはるかにしのぐ盛名を得た人である。

フロイトは最初、神経生理学と神経病理学とを専攻したが、神経病理学の知識をさらに深めようとして、生理学の師であるブリュッケの推薦を受け、当時この方面で指導的立場にあったパリのシャルコーのもとに赴いた。1885年の秋から約半年間のことである。しかし、ここでフロイトシャルコーのヒステリーと催眠術との研究に深い興味をもつようになった。後にはナンシーのベルネームの影響をも受けて、脳解剖生理学的研究のかたわら、ヒステリーを研究していたが、やがて後者に専念するようになった。フロイト自身が言っているように、パリに赴くまでは、彼は「神経症について何も知っていなかった」のであり、ここで初めて「病的観念」や「空想」の役割を知らされて、心のからくりに対する観念の目を覚まされたのであった。

このように見ると、フロイトの功業は、ほぼ同年輩の好敵手ジャネと同様、シャルコーのヒステリー研究に刺激され誘発されたものと言えよう。

フロイトの名を高からしめた「精神分析」は、彼とブロイアーとの共著「ヒステリー研究」に始まるが、この研究の発表されたのは、フロイトのパリから帰還後、約10年を経た1895年のことであった。この最初期とも言うべき時期に、フロイトは、多くの神経質性の、特にヒステリー性の障害の真の成因を解くことに熱中し、その結果、日常の意識の中では忘却されている、過去の精神的外傷や衝撃体験などの、いわゆる無意識の部分が、その代償を求めて、病的症状の形で現われたものこそ、それであるとした。そして、これらの固定した症状を消失させるためには、失われていた衝撃体験の追想を催眠術によって呼び覚まし、活発な情緒発動により、「除反応的」に平衡状態を持ち来たらせればよいと説いたのである。

ジャネが、フロイトとほぼ同時期に、ほぼ同様の観察結果を発表した。しかし催眠術は時に危険を伴うことがあるので、フロイトは、それに代わるものとして、自由連想法」や「夢判断」(1900年)を考案した。彼はこうして精神療法にとって全く新しい技法を提供するとともに、力動学説を発展させたのである。

フロイトはこの方法を用いて精神的外傷の追究を深めた結果、追究は患者の小児期にまで及ぼし得ること、特に重症者の場合は幼児期の性的異常体験が問題であること、しかもこの体験が受動的のものであれば、ヒステリー性の症状として、能動性の体験であるときには、強迫神経症性の神経症として現われることを確認したのである。

しかし自由連想による患者の思い付きを解釈するにあたって、多数例の経験から吟味して作ったというシンボルが、はなはだ唐突であるとの批判に対しては、フロイトは後に反省している。そして彼はここに行き過ぎの危険のあることを認めたし、また当時あまりに性欲を強調しすぎたことをも反省し、これを調整して、性愛またはリビドーの言葉で置換している。また強い精神外傷を受けたにもかかわらず、健康で止まる人のあることを指摘されたのに対しては、個々の重い性的感情負担だけが決定的のものではなく、全人格発展上の複雑な障害こそ決定的なものであることを認めざるを得なかった。

フロイトのほとばしり出る直観―彼は思弁と称している― と、止まることを知らぬ突進力とは、多くの論理的批判を受けたが、しかし彼は人心の奥底に潜む機微について、かずかずの新しい概念と学説とを打ち立てた。その中のあるものはすでに学界に受け入れられて一般知識となり、あるものは批判の対象となり、あるものは今なお激しい反論を浴びている。上述した幾つかの概念のほか、超自我」、「浄化」、「エディプス一コンプレックス」、「男根嫉妬」、「去勢コンプレックス」、「感情転移」、「抵抗」、「自己愛」、「抑圧」、「疾患への逃避」 等々は、彼が精神分析のために作った、あるいは独特の意味を与えた言葉の一端である。この最後の「疾患への逃避」は、ヒステリー患者の力動を端的に表現したものとして、「疾患利得」などの言葉と共に広く用いられるようになったが、フロイトにとって、この力動は、ただに重いヒステリー症状のみならず、一般的神経質から「器官神経症」に至るまでに妥当するものであった。すなわち不快な、苦痛に満ちた、不安な人生経験が、無意識のうちに葛藤として抑圧され、しかもこの抑圧が、それと意識されずに抑圧されたままであると、これが身体的過程に変換されて、動悸、インポテンツ、不眠、不安等として現われる。しかもこの葛藤の中心をなすものは人格と性欲生活との相剋であるとフロイトは言うのである。ここに至ってフロイトの理論は、ただにセステリー理論に止まらず、さらに広く一般神経症論にまで発展していることをわれわれは知るのである。

内村祐之:精神医学の基本問題1972参照)