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グリージンガーの学説

 

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ヴィルヘルムグリーシンガー(Wilhelm Griesinger, 1817–1868)
  • グリージンガーは、テュービングン、チューリッヒ、ベルリンの各大学の精神科教授を歴任した。
  • 精神病を、自然哲学者や浪漫主義者や神秘主義者らの手から引きはなし、これを自然科学に基づいた医学の対象として決定付けるほどの強い影響を、広く学界に与えた。
  • 彼が1845年、28歳で初版を出し、1861年に大きく改訂増補した教科書は、その叙述と論理とのすぐれたことによって一世を風靡した。
  • グリージンガーと言えば、「精神病は脳病である」という彼の理念を思い浮かべる。彼が強く主張したことは、精神病は脳疾患の特有のグループの一つであり、一連の精神症状は、脊髄障害と対比対応できるような脳障害の結果であるということであった。
  • この発想は、当時明らかにされつつあった脊髄の生理学的知見、すなわち求心性と遠心性の神経興奮によって筋緊張が調節されるという、それと同様の「反射作用」ーグリージンガーの言うReflexaktionーが、脳機能全体に、段階的に(原始的のものから高等なものに向かって)当てはまるという前提から出発したものである。脳機能におけるこの反射作用の乱れが、表象、意志、意識などの面での精神障害を引き起こすというのが彼の学説であった。
  • 上述の「反射作用」の仮説は、敷衍されて、グリージンガーの臨床精神医学上の疾患概念の基礎ともなっている。彼は単純な心理学的形態分類に満足せず、後に「単一精神病」(Einheitzpsychose)と名付けられ、古くギスラン(Guislain)などによって主張された考え方を妥当だとする。この考え方によると、精神病の種々な状態像は、ただ一つの疾患過程がたどる経過中の種々な段階にすぎない。これがごく定型的の経過を取る場合には、欝病、躁病、錯乱の順序で経過するが、もしも病的過程の進行が止まらぬ場合には、ついには痴呆への転帰をとるというものである。
  • そしてこの唯一の病的過程は何に由来するかというと、これは究極において脳疾患であると彼は言う。従って、将来の精神医学の発展は脳病理学の進歩なくしてはあり得ないと考えたのである。それゆえ、その時期が到来するまでは、精神病は「症候群」すなわち外に現われた現象のみに止め、症候の共通性や特徴に従って疾患群を区別するだけで満足せねばならないのだと考えていた。
  • グリージンガーが、このように単一精神病説を強調し、症候群の語を用い、脳病理学の重要性を説いた。
  • この「精神病は脳病である」という理念は、その後の学問の発展の時期において、いささか軽侮のニュアンスをこめて使ゎれるようになったが、グリージンガーに続く50年間は、彼に影響されて、周到な脳病理学の研究が行なわれ、それによって精神医学が大きく進展した時期である。単にウェルニッケに止まらず、クレペリンもまたグリージンガーに強く影響されていた。クレペリンの一生涯の仕事は、グリージンガーの思想の影響下に行なわれたと言ってもよいであろう。
  • グリージンガーの25歳のときの小論文に、「理論と事実」というのがある。これは、若い医師たちへの警告であって、「あらゆる理論樹立の基礎は経験である。虚ろな思弁とは訣別せねばならぬ」と説いたものである。この時期は、ドイツの医学がようやく哲学的思弁から解放され、他の自然科学と肩を並べて歩き出した時に当たるので、このことをことさらに強調する必要があったのだろうが、これは実にグリージンガーが終生堅持した立場であった。
  • 彼に引き続く2人の偉大なドイツの精神医学者、クレペリンとウェルニッケのうち、前者が常に「事実」を尊び「思弁」を拒否した、「後者についても「事実に対する無条件の尊重」(die bedingungslose Achtung vor den Tatsachen)という言葉が遺っている。近代のドイツ精神医学を貫くこの精神を培ったという意味においても、グリージンガーの先覚者としての価値は高く評価されねばならない。

内村祐之:精神医学の基本問題1972参照)